奈良県大和郡山市

[奈良斑鳩・生駒斑鳩]

史跡・旧跡

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正規名称:郡山城跡

郡山城跡(大和郡山市)

更新日:

    • 史跡・旧跡
    天正8年(1580)、筒井順慶が築城を始め、天正13年には豊臣秀吉の弟・秀長が大和・紀伊・和泉3国の大守として百万石を持ってこの地に入封、社寺の礎石や石仏なども城石に使っての大増築を行なった。わずか6年間で秀長は病没、その後水野、松平、本多氏…と徳川譜代大名の居城となり、享保9年(1724)には柳沢吉保の子・吉里が甲府から入封、明治維新まで柳沢氏の居城となった。◎筒井順慶(1549-84)筒井生れ。興福寺の官符衆徒(僧兵の隊長格)順昭の子。松永久秀失脚のあと信長から大和を与えられ郡山城主となる。洞ケ峠の日和見武士の汚名は有名。◎羽柴秀長(1541?91)安土桃山時代の武将。豊臣秀吉の異父弟。秀吉に従い1577年以降中国征討に参陣して戦功をたてる。1585年四国征討には秀吉の名代として出陣し、長宗我部元親を降し、その功によって所領に大和を与えられ大和国郡山城を居城とする。 【料金】 無料

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    基本情報

    名称
    郡山城跡
    所在地
    〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町

    詳細情報

    営業日時備考
    公開 無休
    アクセス
    近鉄郡山駅 徒歩 10分

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