福井県越前市 × まち歩き

伝統技術を受け継ぐ「手仕事のまち」越前市の温故知新の歩き方

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福井県のほぼ中央に位置する丹南エリアは、越前市、鯖江市、越前町などからなり、三方を山に囲まれた武生盆地を中心とした自然豊かな地域。匠の技を今に受け継ぐ工芸品の多い「手仕事のまち」でもあります。越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥(たんす)、越前焼といった伝統工芸品、さらに近代に入ってからは眼鏡、繊維業も盛んで、これら7つの地場産業が半径10km圏内に密集します。伝統の技に現代的センスを加えてアレンジするなど、国内外から注目を集める職人の手仕事を見にまち歩きへと出かけましょう。 2024年春には北陸新幹線が金沢から敦賀まで延伸され、「越前たけふ駅」が開業予定で、各地からのアクセス向上にも期待が膨らみます。

世界が認めた技「越前和紙」「越前箪笥」「越前打刃物」

丹南エリアの中心・越前市は、奈良時代には越前国の国府であり、地域の中心地として栄えました。戦国時代には前田利家が大名として現在のJR武生駅近くに城を築き、江戸時代に入ると福井藩松平家の家老、本多富正(ほんだとみまさ)が産業を奨励したことで、多くの職人が集まりました。とりわけ、美しさと丈夫さで、古くから最高品質の和紙として知られてきた「越前和紙」、ケヤキやキリなどの材木を鉄製金具や漆塗りで装飾した高級タンス「越前箪笥」、世界のベストレストランでトップ10に入るシェフのほとんどが使っているという「越前打刃物」は、いずれも世界的に評価が高い職人技術で、地域の誇り。

なかでも、とりわけ歴史が古いのが越前和紙で、その起源は5世紀頃にまで遡ります。現存する最古の越前和紙は、奈良時代の越前国の財政状況を記録した文書「越前国正税帳」(730年)で、奈良の正倉院に収められているそう。江戸時代には各藩が独自に発行した領内で通用した紙幣「藩札(はんさつ)」に、さらに明治時代には政府発行の紙幣に使われていたことからも、越前和紙が高い技術を誇っていたことが分かります。

越前市内を散策すると、各時代の職人たちが、年月をかけ作り伝えてきた技術、そして職人町や商家町、寺町などの風景に出会えます。「手仕事のまち」越前市のまち歩きの魅力は、町並みにものづくり、文化、人情が交差していること。伝統産業が密集する越前ならではの “手仕事のまち歩き” の旅に、出かけてみましょう。

 

古くから最高品質の和紙として知られ、芸術家を魅了した越前和紙

最初はやはり「越前和紙」に触れるストーリー。越前和紙の歴史は約1500年前まで遡ります。伝説によると、岡太(おかもと)川の川上に姫が現れ、清らか谷の水を利用した紙漉きの技術を伝えたそう。名前を尋ねられた姫は「川上に住むもの」とだけ答えたことから、村人は「川上御前」と呼び、紙の祖として祀ったと伝えられています。

越前和紙はとても高価なもので、奈良時代(710~784年)までは、主に仏教の写経用として生産されていました。 

その後、公家や武家階級へと広がり、生産量や技術も向上していったといいます。鎌倉や室町の時代(1185~1573年)には、君主の意思や命令を家臣がしたため発行する「奉書」の公用紙としても、越前和紙が使われていました。江戸時代には、浮世絵の版画紙に使われたり、福井藩(越前藩)が発行した領内で通用した紙幣「藩札」を抄造(しょうぞう)したりと、技術の高さには定評がありました。また、その時代ごとに、足利氏一門の斯波(しば)氏、越前国の戦国大名だった朝倉氏、江戸時代の越前松平家から手厚く保護されたことも、和紙職人の技術の向上、生産や流通の安定に寄与したと言われています。

文明開化の明治時代、新政府は日本で初めて全国で通用する紙幣「太政官札(だじょうかんさつ)」を発行しましたが、その時使われたのも越前和紙でした。また、五箇の職人が完成させた偽札防止のための「黒透かし」という技法は、今も紙幣に活かされているというから驚きです。

1500年の歴史を誇る越前和紙、今立五箇の里山を歩く

和紙を訪ねる旅は、越前和紙発祥の地である「今立五箇地区」から。JR武生駅から路線バスに乗って30分ほどの山間部に位置しています。

五箇とは大滝、岩本、不老(おいず)、新在家(しんざいけ)、定友(さだとも)の5つの集落のこと。銀鼠色(シルバーグレー)の越前瓦の家並みはとても印象的。清らかな岡本川沿いに開けたこの地区は、現在でも和紙の工房や問屋、ギャラリーなど60軒ほどが軒を連ね、寺社や鳥居、紙商いで財を成した商家とその蔵、古井戸やポンプなどフォトジェニックな街角も少なくありません。

福鉄バス「南越線」の終点「和紙の里」で下車した場所は、5つの集落のうち新在家町です。1本裏手に入ると約230mの「和紙の里通り」があり、この通りを中心とした和紙の里エリアには、越前和紙に触れ、その魅力が体感できる3つの施設があります。

東端にある「紙の文化博物館」では、越前和紙の伝説や歴史を伝え、その原料や技法などを知ることができます。和紙の原料は楮(コウゾ)や三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)、麻などの樹木の皮(白皮)の繊維と、トロロアオイを使った「ネリ」と呼ばれる植物性の粘着液。山から刈り取った樹木の枝を釜で蒸して、皮を剥ぎ、乾燥させ、表面の黒い表皮を削り、白皮にします。トロロアオイは根をつぶして、水に浸けると粘度のある液ができます。これを濾過したものを白皮の繊維と水に混ぜることにより、紙漉きの際に繊維を分散させ、沈みにくくし、漉きやすくするのです。

職人はたゆまぬ努力と、流し漉き(すき)、溜め漉きなどの技法をもって和紙を漉きます。越前和紙の特徴の一つは、紙漉きの伝統工芸士の多くが女性であること。それは、伝統的に、原料の準備を男性が担い、紙漉きを女性が務めていたためです。

「紙の文化館」では、このほか重要文化財にも指定された貴重な紙漉きの道具類の展示や、和紙を使った作品の特別展示なども楽しむことができます。

昔ながらの道具を使って職人が紙を漉き、作り上げる一連の工程を見学するなら、江戸中期の紙漉き家屋を移築復元した「卯立(うだつ)の工芸館」へ。ここでは本格的な紙漉きの体験ができます。

そして、西端にあるのが「パピルス館」。自身で和紙作りが体験でき、コースターやブックカバーなどの越前和紙グッズなどを取りそろえたショップも併設しているので、おみやげ探しにも最適です。

 

伝統的な街並みや工房が点在し、散策が楽しい大滝町

次に、和紙業者や紙漉きの工房、寺社が点在し、古い町並みが残されている大滝町へ。「和紙の里通り」から岡太神社・大瀧神社を目指して1kmほど北西へと歩きます。

山間の風情ある町並みをゆっくりと散策すると、どこからともなく聞こえてくる和紙を漉いたり作ったりするときの音や匂い。職人の紙漉きを見学し体験できる工房、古民家を改装したギャラリー、障子紙や壁紙、和紙の伝統を重んじながら現代的に創作された小物を販売するショップなど、町並みに溶け込んだ立ち寄りスポットを探しながら、のんびり徒歩で道の先へ足を進め入りましょう。

そしてその先、山の麓に位置するのが、女神伝説が残る「紙祖神 岡太神社・大瀧神社」です。緑豊かな高木に囲まれた境内は神聖な雰囲気につつまれ、流れる空気そのものが凛としているよう。社殿は本殿と拝殿がつながっており、波が寄せるような複雑な檜皮葺き(ひわだぶき)屋根が特徴的。獅子や鳳凰、草木などの見事な彫刻で彩られています。江戸時代後期に再建され、社殿建築の粋を集めた精巧な作りは目をひき、国の重要文化財にも指定されています。この下宮から30分ほど参道を登っていくと奥の院があり、ここに紙祖神、川上御前が祀られています。

和紙の里パピルス館では、越前和紙を使った絵馬づくりができるので、自分だけの絵馬を作り、岡太神社・大瀧神社の境内に奉納することもできます。

最高級の越前和紙は、日本画の巨匠、横山大観や平山郁夫に愛用されたほか、スペインが生んだ20世紀最大の芸術家パブロ・ピカソも越前和紙を使っていたと言われています。優雅な温もりを感じさせる越前和紙は、薄く滑らかでありながら耐久性に優れています。こうした特性を活かし、近年では照明器具や壁紙、インテリア、美術工芸品としても需要が高まっています。
そんな越前和紙の故郷は、自然に囲まれ、伝統と人情が息づくまちです。

手仕事のまち歩きで見つける越前の美意識、箪笥職人が暮らしたタンス町通り 

今立五箇地区の和紙以外にも、越前市ならではの、“手仕事のまち歩き”を楽しめるエリアがあります。武生駅の西側には、徒歩圏内に歴史を感じる街角や風情ある通りが多く残され、まち歩きの楽しさを実感するはず。このエリアは大きく3つの界隈に分けることができ、そのうちのひとつ「タンス町通り」は越前箪笥ゆかりの一角。江戸時代後期から明治初期にかけて、「指物師(さしものし)」らが多く暮らし、その後、箪笥職人の工房や店舗が集まったそう。

越前箪笥は、江戸時代後期に、越前打刃物で財を成した商家で指物師が箪笥を作り始めたのがその起源とされます。「指物」「打刃物」「漆塗り」など地域の伝統技術が集約されてできたのが越前箪笥です。

「指物」とは、釘を使うことなく、木の板や棒などを用いて指し合わせる技術のことで、欄間や建具などで技が発揮されていました。「越前打刃物」は約700年前に京都の刀匠が名剣を鍛える水を求めて旅をしていた時、武生に立ち寄り、鎌の作り方を教えたのが始まりと伝えられています。以来、武生は鎌などの農作業用刃物の一大産地としても名を馳せています。

越前箪笥の基本的な構造は、江戸時代後期からほとんど変わっていません。その材料はケヤキやキリといった無垢材で、伝統の指物技術を使って組み立て加工し、表面に漆を塗ることで美しさと耐久性を高めています。箪笥の角を保護する装飾が施された錺(かざり)金具の部分には越前打刃物の技術が使われています。鉄製の金具には小さなハート型の穴がたくさんあり、これは「猪の目(いのめ)」と呼ばれるもので魔除けのためだとか。

また箪笥の引き出しには、からくりが施されて簡単に鍵が開かなかったり、隠し引き出しがあったりと楽しくなる仕掛けが施されています。

約200mのタンス町通りには、今も町家スタイルの越前箪笥の工房や販売店、老舗の家具店が並び、屋号や店名が書かれた趣ある看板がこの通りを特徴づけています。

まち歩きの途中、気になるショップや風情ある寺社に立ち寄ったり、指物など伝統の技を活かした縁起柄のコースター、木製の名刺入れなどの雑貨や現代風にアレンジしたグッズを買ったり、カフェや食事処で越前の味を楽しんだり。丁寧な手仕事を続けてきた職人の技と心意気を感じるまち歩きを満喫しましょう。

越前箪笥の情報を発信する「越前箪笥会館」では、この地域の工房で作られた箪笥や指物の商品を展示。木工体験もできます。

さらに、タンス町通りから武生駅方面に戻る形で徒歩約10分、「蔵の辻」と呼ばれる白壁の蔵が並ぶ一角があります。越前・武生は江戸時代以降、関西から北陸へと流れる物資の中継地でした。大正から昭和初期に建てられた白壁の蔵が並び、一部はカフェやレストランなどとして営業しているので、越前箪笥の手仕事を訪ねるまち歩きの途中にカフェで一息いかがでしょうか。

そして、蔵の辻の西側、すぐ近くには越前国のすべての神様を祀る総社大神宮があります。地元の人たちは親しみを込めて「おそんじゃさん」と呼んでいるそう。

この大神宮を左手に見ながらさらに進むと、静かな石畳の「寺町通り」へと続きます。奈良時代に越前国の国府が置かれ、以来、このあたりにはいくつもの寺社が創建されました。石灯籠や吊り灯籠の穏やかな灯りが情緒を誘い、1300年もの歴史が感じられる街角です。寺町通りを中心に多くの寺社が点在しているので、旅の思い出としても、総社大神宮をはじめ、国分寺、引接寺(いんじょうじ)、千代鶴神社、陽願寺(ようがんじ)などで御朱印をいただくのもいいかもしれません。

充実の散策マップを片手に、スポットはボランティアガイドと巡ろう

越前市を巡る際、「手仕事のまち」を意識すると、この地域の歴史や文化をもっと知りたくなります。越前市観光協会ではまち歩きに役立つマップをいろいろと制作し、武生駅前の「観光・匠の技観光案内所」などで配布しています。越前和紙や打刃物、箪笥にフォーカスした「むかしまちあるき(武生エリア篇、今立五箇篇+味真野あたり)」「手仕事のまち歩き」など、テーマに沿った散策マップが充実しています。

同時に、各スポットで、ボランティアガイドによる案内を利用すれば、地元の人と触れ合いながら、より深く地域の文化や伝統、逸話などを知るチャンス。1時間弱、1人1000円からと、気軽に利用できるので、旅のプランに上手に組み込んで利用してみましょう。

旅のプランニングには、同市観光協会が運営するウェブサイト「手仕事を巡る旅 越前叡智」も役立てたいところです。

また、越前市内の移動は、路線バスのほか、今なら定額タクシーの利用が便利。1回1区間500円で、主な観光スポットや宿泊施設、飲食店やショップ、駅や観光案内所など、迎車可能ポイントは100カ所以上。このサービスを利用する場合、タクシーチケット(=乗車手形)を事前に「観光・匠の技案内所」などで購入のこと。8~19時の利用に限られます。また、オンラインでも定額タクシーチケットを購入できます。

2024年春、北陸新幹線が福井県まで延伸しアクセスも向上するいま、古いと新しい、伝統と革新が交錯する越前の “手仕事のまち歩き” にでかけてみませんか?

取材協力:一般社団法人越前市観光協会