長野県佐久市 × 酒蔵ツーリズム
長野県佐久の酒蔵に滞在し、蔵人として日本酒造りに携わる”本物”の体験
五感を刺激するプライスレスな体験

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清らかな信州佐久の自然の恵みと酒造り
信州佐久エリアは東京から北陸新幹線に乗って約70分。長野県東部に位置し、北に浅間山、南に八ヶ岳連峰、東の荒船山といった山々に抱かれ、清流千曲川(信濃川)が南北に流れる自然豊かなところ。千曲川上流域に広がる盆地・佐久平の高原の肥沃な土壌と豊かな伏流水は、この地域に多くの恵みを与え、寒冷な気候とともに良質な作物を育てています。そのうちのひとつが酒米であり、日本酒です。
日本酒の歴史は古く、最古の歴史書『日本書紀』(720年)にも酒についての記述がみられ、平安時代(900年代)に入ると、現在とほぼ同じ醸造方法で日本酒が造られていたとされます。そして、江戸時代(1600年代)には、全国でその土地ならではの特色ある酒造りが行われるようになり、酒は各地に流通していったそうです。信州佐久でも江戸時代から日本酒造りが盛んに行われ、現在も13の酒蔵が個性豊かな酒造りを続けています。


酒蔵の敷地内にあるお宿KURABITO STAY
そのうちのひとつ、創業は江戸時代にまで遡り、330年もの間この地で酒を造り続けている「橘倉酒造(きつくらしゅぞう)」の敷地内に、2020年にオープンしたのが 酒蔵ホテル®「KURABITO STAY(クラビトステイ)」。日本酒造りの最高責任者である “杜氏(とうじ)” のもと、日本酒造りを行う職人”蔵人(くらびと)” として、酒造りを体験しながら滞在するためのお宿です。

「体験」の域を越えた、酒蔵の聖域「麹室」にも入る2泊3日
KURABITO STAYでは、年間を通して蔵人体験プログラムを提供していますが、そのメインは、酒の仕込みシーズンである冬季(10月中旬~3月※12・1月除く)に、2泊3日で、日本酒の仕込みを体験するもの。酒蔵の敷地に寝泊まりして酒造りを手伝う体験をすることで、本物に触れる時間が得られるのが、この蔵人体験プログラムの魅力です。
「体験の域を越えた」という所以は、参加できる作業内容のひとつに、「麹室(こうじむろ)」に入っての作業が許されていることにあります。日本全国には1300以上もの酒蔵があると言われていますが、麹菌を繁殖させるために湿度と温度が厳密に管理され、酒蔵の中でもとりわけ清潔さが求められる麹室に、一般の人が入ることを許している酒蔵は多くありません。それはすなわち、厳格な衛生管理と品質管理が行われていることを意味します。

当然のこととして、参加者は清潔第一で、アクセサリー類を身につけることはNG。さらに、香水はつけない、マニキュアや付け爪をしない、爪は短く切ってハンドクリームもつけない。体験当日は納豆やヨーグルトを食べない、といったいくつかの約束を守ることができる人のみが参加できます。 かつては職人しか入ることが許されなかった酒蔵に入り、日本酒造りに、つかの間、携わることに対する真剣さが求められるプログラムなのです。
参加者は、日本酒好きの人、日本酒の知識を高めたい人はもちろん、逆にお酒は飲めないけれど文化としての日本酒や日本の食文化に興味のある人、さらに航空会社や飲食店などに勤務しキャリアに活かしたいと考えている人の参加も多いとのこと。また、全体の約8割が1人参加というのも特徴的。英語解説をつけることもできるので、外国人の参加もあり、「日本酒」という共通のアイテムを通して、参加者同士、そして橘倉酒造の当主や杜氏、実際の蔵人とともに心地良い時間を共有します。



神聖な蔵で、蔵人として過ごす特別な時間
初日のオリエンテーションを経て、2日目、KURABITO STAYでの蔵人体験は、お祓いから始まります。 その昔、微生物の存在や発酵の仕組みがよく分かっていなかった頃、酒造りは目に見えない自然の力、つまり神様の力によって醸す(かもす)ことができるのだと、人々は考えていたそう。酒は神様がお造りになるもので、清らかなものとして神聖な行為だったのです。今も全国にはお酒の神様を祀る寺社が点在し、例えば、奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)や京都の松尾大社はとりわけ有名で、酒造りに携わる人々の篤い信仰を集めています
日本酒の神様を祀った祭壇の前で行われる神事――。冬の朝、佐久平の清らかな冷たい空気を感じながら、蔵人として過ごすという心を整えます。


杜氏の指導のもと、日本酒製造の工程に携わる
体験プログラムは橘倉酒造の実際の商品として出荷される日本酒造りに関わるため、参加するタイミングによって作業内容が異なり、複数の作業を行います。 日本酒造りにはいくつもの工程があって、簡単に紹介すると、以下の通り。
- 米を精米する
- 米を洗って、水分をすわせる(浸漬/しんせき)
- 米を蒸す
- 蒸米を使って麹を造る(製麹/せいぎく)
- アルコール発酵に欠かせない酒母(しゅぼ)造り
- 酒母をゆっくり発酵(仕込み)させた醪(もろみ)造り
- 醪を搾る
- 搾った醪をろ過したり、加熱殺菌のために火をいれる
- 貯蔵
- 最後に日本酒の瓶詰めを行う
蔵人となった参加者は、洗米・浸漬だったり、仕込みタンクの中の材料(水と麹と蒸米)を櫂棒(かいぼう)でかき混ぜる櫂(かい)入れだったり、搾りの工程に立ち会ったり。道具や蔵内の清掃といった作業も行います。本物の蔵人と同じ作業を行うのです。 そして、橘倉酒造の心臓部、麹室に入って、杜氏が麹菌をふりかけた蒸米を手で混ぜ合わせる作業を杜氏や蔵人の指導を受けながら行う時間は、一同目つきが変わり、特に緊張が走ります。
仕込みを行う冬の季節、信州佐久エリアの気温はマイナス10℃以下にもなり、外気温と蔵の中はほぼ同じ温度。キリッとした空気を感じ、蒸米の匂い、米を混ぜるときの触感、真っ白な蒸気が上がり、タンクの中で醪を発酵させるときのぷつぷつ、ポコポコッといった小さな音、発酵しているときの香りなど五感が刺激されます。



こうして、蔵人たちの手を経て完成した日本酒はボトリングされ、酒屋の店頭に並ぶと同時に、蔵人体験した参加者にも、後日この日本酒のボトルが1本届けられるとのことです(※日本国内への発送のみ)。 もちろん、プログラムでは蔵の中での作業だけではなく、宿のラウンジでの日本酒テイスティングセミナーなどの座学も含まれています。2泊3日ながら、通常ではできない日本酒造りの工程を担いながら、日本の食文化の歴史と伝統を追体験するような貴重な機会に、参加した多くが「想像以上だった…」と口を揃えるように、濃厚な学びとここでしか味わえない特別な時間がつまっています。

古民家をリノベーションした酒蔵ホテル®
そして、宿泊施設としてのKURABITO STAYでの滞在も豊かな空間と出会いをもたらしてくれます。 建物はかつて日本酒の仕込み期間中、新潟から招いた越後杜氏と蔵人らが宿舎として使っていた、「広敷(ひろしき)」と呼ばれる古民家をリノベーションしたもの。モダンで快適さを追求しつつ、ふんだんに使われた木の温もり、華美なものを排除し、シンプルで清々しさを感じることができる、「集えるラウンジ」と「蔵人の寝床」で構成されています。


かつて蔵人たちが休憩の場としていたところは、ラウンジに整えられ、当時と同じように酒を造る仲間が集う空間になっています。ラウンジの真ん中で存在感を発揮している大きな丸いテーブルは、かつて酒造りに使っていたという木桶のふた。ここでオリエンテーションや各種セミナーをしたり、朝食を囲んだりと、参加者同士の交流の場になっています。


このラウンジの片隅には日本酒サーバーが置かれ、橘倉酒造のボトルだけでなく、信州佐久で醸造された日本酒も含め6種類が並びます。なんとこれ、滞在中は自由に日本酒の飲み放題を楽しむことができるとのこと!温度管理され、銘柄と味のタイプ、酒米の種類や精米歩合、アルコール度数などの情報カードが添えらているところにも、「蔵人として酒造りを体験する人のため」という宿のコンセプトを感じます。

そして何よりも、ラウンジからは大きなガラスの窓越しに酒造りのタンクなど蔵の内部を、2階の洗面所からは酒蔵の窯場を目にすることで、宿で過ごしていても、酒造りのためにここにいるのだと実感できるのです。

このほか、2泊3日のプランには、朝食が2回と夕食が1回含まれています。ヘルシーな発酵にこだわった朝ごはん、夕食は特別メニューとともに橘倉酒造の日本酒がペアリングされます。それ以外の昼食や夕食は酒蔵近くの食事処などで地元の味を楽しんだり、合間の自由時間を利用して周辺を散策したり、ローカルの人々とのふれあいも忘れずに!


佐久と酒蔵の夏を感じる、春~秋の体験プログラムも
今回ご紹介したのは冬季の仕込み体験プランですが、KURABITO STAYでは年間を通して、蔵人体験プログラムを提供しています。
基本は2泊3日で、日本酒の仕込みが体験できるのは、日本酒の仕込みシーズンである10月中旬から3月まで(12・1月を除く)。4月から秋にかけて(8月を除く)は、酒の仕込みではないものの、酒造りに必要不可欠な作業である、酒米の田植え、稲刈り、麹造りが主な体験メニュー。なかには小学校高学年から参加できる1泊2日の体験プログラムや、過去に蔵人体験プログラム参加したことのあるリピーター限定の佐久杜氏体験プログラム(2泊3日)、フレンチと日本酒のモダンペアリングを楽しむディナーなどのプログラムもあります。KURABITO STAYのウェブサイトで最新情報を確認してみましょう。





"体験" という⾔葉をきくと、「ホンモノじゃないけど、それらしい真似事をしてみる」といったイメージを抱かれる方も多いのではないでしょうか? ある参加者の方は「KURABITO STAYの体験は、”体験” の常識をバッサリ切り捨てる、臨場感あふれる ”本番” への参加だった」と。「お客様だけど、お客様扱いではなく、⾃分の⼿と⾝体を動かしたものづくりを通じ、橘倉酒造の顧客へ届く最終商品となる責任を負わせてもらった」のだと。 2泊3日の本物の体験へ、信州佐久へでかけてみませんか?
取材協力: KURABITO STAY