特別寄稿 丁野 朗 氏

六根清浄・六感治癒の地 鳥取県三朝町

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ルイ・ヴィトンを持ち出すまでもなく、信頼されるブランド(もの)には物語があります。同じように、信頼され、ファンがリピートする地域にも物語があります。 何故なら、観光とは「物語の消費」のことを意味しているからです。だから、人を引き付ける「物語」がなければ地域は選ばれません。「日本遺産」とは、そんな物語づくりとこれを活用する事業のことです。 今回紹介する、鳥取県三朝町の日本遺産。「六根清浄・六感治癒の地」は、そうした地域物語づくりの典型的事例の一つです。 ラジウム温泉という共通項から、同じラジウム泉のフランスの温泉リゾート、ラマレー・レ・バンとの国際交流も30年の歴史を重ねてきました。 今号では、そんな三朝町の歴史文化の活用と課題などに触れて頂きました。 文化観光の分野で日本遺産の設立や日本文化の継承と発展に長年携わり、公益社団法人日本観光振興協会総合研究所の顧問でもある丁野 朗(ちょうの あきら)氏による連載寄稿・第9弾。

フランスとの交流を続ける山間の小さな温泉地

8月初旬の暑い1日、鳥取県の山間の温泉地・三朝温泉「キュリー祭」に招かれて訪問した。式典には、フィリップ・セトン駐日 フランス大使や地元の石破茂衆議院議員らも駆けつけてくれた。

「キュリー祭」とは、放射線研究で、20世紀初頭、ノーベル物理学賞、ノーベル化学賞を相次いで受賞し、その後パリ大学初の女性教授に就任したマリ・キュリー(Marie Curie)を顕彰する祭りのことである。三朝町のキュリー祭の歴史は古く、第1回開催は1951年(昭和26年)であり、今年はなんと第67回目にあたる 。

三朝温泉で開催された第67回キュリー祭

ここ三朝町は、日本一危ない国宝鑑賞の三徳山(みとくさん)投入堂(なげいれどう)と世界屈指のラドン温泉・三朝温泉の物語「六根清浄・六感治癒の地」の物語で、日本遺産の第一号(2015年)に認定された地域である。
では何故、三朝町でキュリー祭なのか。
三朝町の合併前の三朝村長藤井順一氏の趣意書には、「ラジウムに対して感謝することを広く世界に発信し、温泉報国”三朝”の実を挙げる」と書かれている。
三朝温泉は、世界屈指のラジウム含有量を誇り、ラジウム温泉として名高い。このため、同じく南フランスのラジウム泉で有名な温泉リゾート地、ラマルー・レ・バン町と友好姉妹都市提携(1990年)を結んだ。
以来、30年以上にわたって、国際交流員の受け入れを行い、彼らは、その後も地域協力隊として地域に残り、観光協会の事務局長を務めるなど、フランスとの海外交流が盛んである。その一人、第11代の国際協力員として6年間三朝町で活躍したアラン・マリーさん は、現在は広島県に移住、三朝での経験を活かして、インバウンドアドバイザーとして活躍している。

三朝町の元国際協力員、アラン・マリーさん

日本とは異なる温泉文化とはいえ、海外顧客からは、温泉や山岳信仰などに対する、リアルな価値を共有することもできている。
事実、コロナ前の2018年には、この小さな山間の温泉地に2万人のインバウンド客も受け入れてきた。
文化資源の持続的な保全の仕組みは不可欠だが、そのためにも地域が文化資源を生かして経済を産む循環、持続的な地域づくりの仕組みづくりが不可欠である。三朝町は、これらの取り組みを通じて、日本遺産ストーリーを活かしながら、国際的にも評価される文化観光地づくりを目指している。
 

ラジウム温泉と三徳山信仰

三朝町は、鳥取県のほぼ中央に位置する人口6千人弱の小さな山間の町である。町内には鉄道駅はなく、鉄道駅のある隣接の倉吉駅からバスかタクシーの利用となる。また、鳥取空港からの直行リムジンバスが便利だが、その他、大阪・神戸からの直行高速バスや岡山・倉敷と三朝町を結ぶ「三朝温泉・はわい温泉直行かにバス」、広島~三朝温泉直行バス(宿泊客のみ)などがある。
世界一といわれる高濃度のラジウム温泉が噴出する三朝温泉では、ラジウム泉特有のホルミシス効果(一時的な低線量の放射線照射が、体のさまざまな活動を活性化するとされる説)は病気治療・療養目的でも有用とされる。町の中心部を流れる三徳川の両岸には旅館が立ち並び、三朝大橋のたもとの河原には、24時間開放の河原風呂があり、この温泉のシンボルの一つになっている。

三朝温泉河原湯

河原に沿って、石畳が敷かれた温泉本通りがあり、こぢんまりした旅館や飲食店、古美術店、スナック、土産物屋、射的場などが並び、情緒ある、長閑な温泉街が形成されている。
その三朝町のもう一つのシンボルが、慶雲3(706)年に、役行者(えんのぎょうじゃ)により、修験の霊地に定められたと伝わる三徳山である。
山名は蔵王・子守・勝手という三所権現を祀り、「福徳」「知徳」「寿徳」の3つの徳が授かるというのが由来である。
三徳山全域が天台宗の三徳山三佛寺の境内となっており、その奥の院にある投入堂は、山の中腹の断崖に、浮かぶように建てられた、他に類を見ないような国宝建築物である。全山が国の名勝・史跡に指定されており、かつて世界遺産にも申請されたことがある。

国宝三徳山三佛寺投入堂(鳥取県HPより引用)

日本一危ない国宝鑑賞

この三朝温泉と三徳山を結び・関連づける物語が、「六根清浄・六感治癒」である。
この地を訪れる者は、三徳山参拝によって「六根」(目、耳、鼻、舌、身、意)を清め、三朝温泉の湯治で「六感」(観、聴、香、味、触、心)」を癒すというストーリーは、シンプルながら1千年以上にわたって守り続けられてきた、地域に伝わる物語でもある。
三佛寺の境内にある投入堂は、修験道の祖・役小角が開いた山岳修験の場であるが、投入堂は、急峻な地形と特異な建築物が岩肌に張り付くように建っていて、見るものを驚かせる。
その三徳山参拝の拠点として古くから栄えたのが三朝温泉である。温泉には古くから伝わる「白狼伝説」が残る。源義朝の家来大久保左馬之が、主家再興祈願のため三徳山に参る道中、楠の根元で年老いた白い狼を見つけた。「お参りの道中に殺生はいけない」と見逃してやったところ、妙見菩薩が夢枕に立ち、白狼を助けた礼に、「かの根株の下からは湯が湧き出ている。その湯で人々の病苦を救うように」と源泉のありかを告げたという。これが現在も残る万病を癒やす湯、「株湯」であり、三朝温泉発祥の地となっている。

三朝温泉発祥の地「株湯」

日本各地にはラジウムを含む温泉は少なくないが、三朝温泉のラジウム含有量は、世界でもトップクラスである。温泉街の各旅館の内湯には、趣向を凝らした個性的な風呂が多く、まち中を歩くだけで、ラジウムの気が漂っているように感じられる。
とくに「ラドン熱気浴」は、全国でも珍しい温泉を吸う体験施設である。「スーハー温泉」として三朝温泉のもう一つのシンボルになっている。筆者も何度か体験したが、体中の新陳代謝が一気に進んだように感じられた。

ラドン熱気浴「すーはー温泉」

また、三朝温泉病院では、医師の指導のもと、温泉で80度に温めた鉱泥をタオルでくるみ、腰痛、関節痛、肩の痛みなどのある部位を30分程度温める消炎鎮痛の治療法も開発されている。

 日本遺産物語をどう活かすか

「六根清浄と六感治癒の地」の物語は、ストーリーとしては、誠にシンプルでわかりやすい。しかし、ストーリーのわかりやすさと、これらが現地を訪ねた時にも同じように体感できるかどうかは別の問題である。
地域ストーリーの重要性は日本遺産に限った話ではないが、その地域の物語がきちんと体感できるかどうかは、最も重要なポイントになる。地域にもともとある景観が、物語を想像できるものかどうか、またその物語の背景や歴史などがきちんと伝わるワンストップの情報窓口(日本遺産センターなど)やガイド・インタープリターなどがいるかどうかといった点が重要である。
これらの景観や情報、ガイド等が不備であれば、折角の興味深い物語であっても伝わらず、訪問客は失望してしまう。日本遺産物語は、地域を象徴する一種のブランディング手法とも言えるが、そもそもブランドとは顧客との「約束」であり、これが満たされなければ、ブランドにはなれない。
他方、日本遺産地域での活動は、一過性のものではなく、物語を通じた地域の未来への構想(ビジョン)とこれらを実現するための戦略と事業、さらには事業を支える組織や人材などの持続的な取り組みが可能かどうかが問われる。
物語を構成する資産(文化財を含めて)の保全措置とともに、活用のための事業化がどこまで実現されているか。もっともわかりやすいのが「観光」である。ストーリーを体感するためのモデルルートの整備や、宿泊や食、体験等のためのプログラムづくりは極めて重要である。
もとより、活用は「観光」にとどまるものではない。地域ブランディングという意味では、地域にもともとある伝統工芸や産業、食文化、祭りなど、多様な資源を磨くことが必要である。買い物や食は観光においても重要な要素だが、地域の経済にとってもとても重要である。特に宿泊は顧客満足とともに経済効果を高めるためにも極めて重要な要素となる。地域の古民家や日本遺産ストーリーを体感できるような宿があれば、さらに満足度も高まる。

観光庁の補助金を活用した旅館の高度化(三朝館)

三朝は、これらの要素を十分に備えた地域である。もともとが温泉観光地であるとともに、その温泉の由来や三徳山の山岳信仰ともあいまって、そのストーリー(六根清浄と六感治癒)に沿った事業化かどこまでできているかが問われる。

三朝町の次なる課題

「六根清浄と六感治癒の地」の日本遺産物語には、課題も少なくなかった。その原因は、多々あるが、その最大の課題は、物語を構成する三徳山を核とする「守る会」の活動と、三朝温泉などの観光活用の活動が上手く噛み合っているかどうかという点であった。
つまり、「六根清浄」と「六感治癒」という一連の物語が、必ずしも一体的に活かされていなかったという課題があった。
もともと三徳山エリアと三朝温泉エリアは距離的にも少し離れている。山岳信仰・修験という、やや閉ざされた世界と、誰にでも開かれた温泉観光の世界が、現実としてなかなかつながりにくいといった課題を抱えていた。
また、国宝投入堂は一部のファンには根強い人気があるが、その直近まで山を登り、アクセスするには、かなりの体力が必要で、高齢者には難しい。こうしたことから、三徳山の下からでも、この投入堂が展望できる遥拝所が新たに設けられた。これなら、遠方からではあるが、誰でも素晴らしい眺望を眺め、この地に思いをはせることができれば、物語の一端を手軽に理解できる。
 

遥拝所から遠望する投入堂

こうした取り組みは、新たに設置された「日本遺産を活かす会」を核に、さまざまな事業が提案され、事業化に向けた取り組みが始まった。また事業全体をマネージメントするプロジェクトリーダーの起用、三徳山と三朝温泉の物語に沿った一体的な保全・活用の体制づくりも進められている。
三徳山は、それ自体が魅力的な修験の山である。投入堂までの山道は、険しいが魅力に満ちたコースである。本堂裏の登山事務所から修行者の証である「六根清浄」と書かれたタスキをもらい、赤い門と橋を渡ってコースに入る。生い茂る木々を抜け、ごつごつとした岩場を木の根を掴んで登る過酷なコースになるが、途中の文殊堂からは眼下の絶景が楽しめる。ここを抜けると地蔵堂、観音堂、不動道などが続き、その先にようやく投入堂を下から眺める絶景ポイントに辿り着く(投入堂は中には入れない)。
しかし、三徳山の魅力は投入堂だけではない。入り口から本堂までの間にも、正善院や輪光院など見所が沢山ある。入り口近くの谷川天狗堂では、百年以上の歴史をもつ三徳豆腐や名物の山菜料理を食べることができ、地元民から観光客にまで人気の食事処である。

三徳山入り口にある谷川天狗堂

三徳山の歴史は誠に興味深く、さらなる学術調査によって、三徳山そのものの魅力磨きを進めていく必要があろう。
また、三朝温泉側では、ラドン温泉の健康効果(ラドン吸引による予防・治療効果)の医学的エビデンスをさらに研究するとともに、「現代湯治」のコンセプトに基づく「六根清浄と六感治癒の旅(モデルツアー)」の創設や情報発信が必要である。顧客層ごとの満足度(マーケティング)調査に基づいて、事業の再構築などの取組強化が必要である。
地域は不断の磨き上げの努力が求められるが、三朝町は、こうした努力を地道に続けている。その努力する姿こそが、いつも進化し続けている地域として、来訪客にも支持されるのであろう。

ライター
丁野 朗

ちょうの あきら

観光未来プランナー、公益社団法人日本観光振興協会総合研究所顧問、元東洋大学大学院国際観光学部客員教授、文化庁日本遺産審査評価委員

 

マーケティング・環境政策のシンクタンクを経て、1989年(財)余暇開発センター移籍。「ハッピーマンデー制度」や「いい夫婦の日」の提唱、産業観光などの地域活性化事業に携わる。2002年(財)日本生産性本部、2008年(公社)日本観光振興協会常務理事総合研究所長を経て、2017年よりANA総合研究所シニアアドバイザー、2020年より日本観光振興協会総合研究所顧問に就任。 観光庁、経済産業省、スポーツ庁、文化庁などの関係省庁委員や栗原市、呉市(顧問)、横須賀市、小田原市、舞鶴市、越谷市、益田市など各地の観光アドバイザーなどを務める。他に日本商工会議所観光専門委員会学識委員、全国産業観光推進協議会副会長、全国近代化遺産活用連絡協議会顧問なども務める。

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